スティーブン・ブディアンスキー著『クルト・ゲーデル』読書メモ

スティーブン・ブディアンスキー著『クルト・ゲーデル』を読みました。

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タイトルの通りクルト・ゲーデルについて書かれた本で、評伝です。

ゲーデルについては有名な「不完全性定理」を証明した人物という知識しかありませんでした。なぜこの本を読もうと思ったかと言うと、コンピューターに関わって仕事をしている者としてアラン・チューリングのチューリングマシンと数学的に同じことを証明したと言われることも多いゲーデルの不完全性定理に単純に興味があったというのもありますが、定理についてはよく聞くものの人間としてのゲーデルについては全く何も知らなかったので、本屋で見かけて気になって購入しました。

本書は衝撃的なプロローグから始まります。晩年のゲーデルは天才としての名声を手に入れていながら精神は妄想に蝕まれており家族とも衝突していたといいます。最期には食事すらも拒否していたそうです。数学・論理学の天才というイメージからは遠いものがあります。

本書には人間としてのゲーデルが描かれています。二十代半ばという若さで数学・論理学・哲学上の二十世紀最大級の発見をした紛う方なき天才なのですが、その天才が他人から見たらどうでもいいようなことにクヨクヨ悩んだり陰謀論にハマってしまったりするのです。ナチズム吹き荒れる故郷オーストリアから逃れ出たアメリカでは、賃貸で入居した先の大家と言い争ったり、職場での立場や給料に悩んだりしています。晩年にはライプニッツの哲学に傾倒し、死後の世界を信じ、自身の健康については医師を全く信用せず自己判断で薬を服用していたようです。まるで定年退職後に突然暇になりYouTubeを観始めて陰謀論やネット右翼的言説に目覚めてしまった田舎のお父さんのようです。天才にも我々凡人と変わらない一面があったことがわかります。

ゲーデルの完璧主義の性格がよく現れている逸話があるので、引用します。ゲーデルがアメリカ市民権を得るための試験を受けるときの話です。

その日が近づくにつれ、彼は地方行政の組織についてモルゲンシュテルンにしつこく質問し始めた。モルゲンシュテルンはこう回想している。

彼は特に自治区と町村の境界はどこにあるのか、私に教えてほしいと迫った。もちろんそんなことはまったく必要ないと説明したが、彼は耳を貸さなかった。……次は自治区議会がどうやって選ばれるのか、町村議会はどうか、市長は誰か、町村議会がどのように機能しているのかを知りたがった。そういうことを聞かれるかもしれないと思ったらしい。自分が住んでいる町のことを知らないとわかれば印象が悪くなる。

そんな質問は絶対にされない、質問はほとんど本当に形式的なもので、簡単に答えられる。せいぜいこの国の政府はどのようなものか、上級の裁判所は何と呼ばれているかといったことしか聞かれないと説得しようとした。

何にせよ、彼は憲法の勉強を続けた。調べているうちに、困ったことにいくつかの内部矛盾を発見し、独裁者が完全に合法的にファシスト政権を樹立することは可能だと、かなり興奮気味に私に話した。私はそのようなことが起こる可能性はほとんどないと言った。たとえ彼の考えが正しかったとしてもあるわけがないし、彼が正しいとは思えなかった。しかし彼は頑として譲らなかったので、この点について何度も話し合った。私はトレントンの法廷での審査では、そのようなことを持ち出さないように説得し念を押し、アインシュタインにもそのことは話しておいた。彼はゲーデルがそんな考えを思いついたことにあきれ、やはりそのようなことをきにしたり、議論したりしないように告げた。

審査の当日、モルゲンシュテルンはゲーデルを車に乗せて、アインシュタインの家まで行き、三人でトレントンへ向かった。アインシュタインは、いつものようにいたずら心を起こして、後部座席のゲーデルに「さあ、ゲーデル君、この試験の準備は本当に万端かね?」と厳めしく問いかけた。これがまさにアインシュタインの狙いどおりの効果を発揮し、ゲーデルは一瞬パニックに陥った。

法廷に入ってきたフォーマン判事はアインシュタインの来訪を喜び、著名な訪問者と少し話をしたのち、ゲーデルのほうを向き、訪ねた。

「さてゲーデルさん、あなたの出身はどちらですか?」

「私の出身ですか? オーストリアです」

「オーストリアの政府はどのようなものでしたか?」

「共和制でしたが、憲法の不備により独裁制に変わってしまいました」ゲーデルは答えた。

「それはとてもまずいですね」と判事は言った。「この国で当然そんなことはありえません」

「いいえ、ありえます」とゲーデルは叫んだ。「私はそれを証明できます!」

フォーマン、アインシュタイン、モルゲンシュテルン三人がかりで、ゲーデルが自分の自慢のアイデアについて、それ以上は話をしないよう黙らせた。その後の式は何事もなく終了した。

また、ライプニッツに傾倒していることを友人に諌められた際のエピソードも面白いので紹介します。

いつものことだが、彼の考えを変えさせることはできなかった。メンガーは一度それをやろうとしたことがあった。「君はライプニッツの側につくのと引き換えに迫害コンプレックスを負わされているんだ」とからかうように言い、ライプニッツの業績を台無しにしようとしているのは誰なのかと皮肉交じりに尋ねた。

「もちろん、人間がもっと賢くなることを望まない人たちだ」とゲーデルは答えた。

それよりもむしろ、権力者がヴォルテールのような急進的な自由思想家の著作を破壊する可能性のほうが高いのではないかとメンガーは反論した。

するとゲーデルは、その反論を寄せつけない見事な論理で返した。「ヴォルテールの著作を読んで、もっと賢くなった人がいるか?」

彼が青春時代を過ごした時代のウィーンは色々な言語が飛び交う多国籍的な都市だったようです。学術的にも先端的な都市で、色々な天才が集まり、日夜大学やコーヒーサロンで議論をしたり勉強会を開いたりしていたようです。

結局、ナチズムと反ユダヤ主義の跋扈が原因で、天才たちはイギリスやアメリカに流出します。近年は学問の世界では英語で論文を書くのがスタンダードとなっていますが、言い換えれば英米が世界の学問を主導しているという状況なわけです。こういう状況を作ったのは、先端的な研究を「ユダヤ的」と言い迫害した、科学的に蒙昧で反知性主義的だったナチズムなのではないでしょうか。本書にも登場するゲーデル、フォン・ノイマンを始めとする数多の天才がアメリカにわたり、現代のコンピューターの理論的な基礎を作りました。アメリカがITの世界で未だに覇権を握っているのも納得できます。逆に言えば、ナチスが存在しなければ天才たちはオーストリア=ハンガリーやドイツにとどまっていて、プログラミング言語はドイツ語をベースに作られていたのかもしれません。

現代ではロシアがナチスと同じようなことを行っています。ロシアからはエリート層が脱出しているというニュースも聞いたことがありますが、そうすると優秀な頭脳はますます英米圏に集中することになります。仮に中国がロシアに融和的な態度を崩さない場合、中国の優秀な頭脳も流出する可能性があります。ITの世界では優秀な頭脳こそが新しい技術を開発しおカネを動かします。日本でビジネスを行う人々も、引き続き優秀な頭脳が世界のどこに集まっているのか注意してみておく必要がありそうです。